2009年6月10日水曜日

124.捨てた


 捨てたと過去形で書いたのは、捨てる予定とか、心積もりとかいうのでなく、本当にすててしまった。きょう、不燃ごみの日だったので、第一代と二代目のフロントフックをごみにだした。こいつは何だろうと思ったろうな。(紙粘土などで奇怪な神像のでかいのを作り、ゴミに出して、清掃のおじさんを驚かすのはどうだろう)
 未練があるので記念写真を撮っておいたのがこれ。
 部屋が狭いので、新しいフロントフック群が成功した機会に思い切って捨てた。シリコン雌型は残っているので、しばらくは再生可能である。それにも未練がなくなったら、切り刻んでさいの目にして、あたらしいシリコン型を作るときに混ぜて再利用する。

 適当に処分していかないと新しいものができない。

 何百挺も作ったという人はどこにしまっているのだろう。適当に始末していかないと、家中に武器がごろごろして、暴力団事務所のようになるだろう。(まだ作りかけのがある!)
 NG協会のイベントの写真をみると。暴力団が手入れをうけて、質の悪い、見るからに下品なハジキが押収品としてムシロの上で写真を撮られているような気がしてならない。
    ・・・・・・・
 実家の父親は「始末なほう」(けちんぼ、しみったれ、倹約家)だったので、西隣の家が新築したとき、古い雨どいをくれるというので、よろこんでもらった。向かいの家から古い冷蔵庫も2回もらった。東隣の法律事務所が取り壊したとき、亡くなった弁護士さんの娘さんがいろんなものをくれた。そのうち事務所の引き出しだったのだろう物は私がもらって工作用の引き出しにした。左の写真の引き出しはもらい物で枠は化粧合板を買ってきて自作したものである。最下段は二段張り合わせて深い引き出しにしている。
 近所からもらって役にたったのはこれくらいでほかの物は全部役に立たなかった。法律事務所のちょっとした筆立てや小物入れは古くて使う気にならなかった。雨どいは規格が合わず、親父がなくなったとき、軒下にそのままあった。いろんなごみと一緒にゴミやさんに費用をはらって持ってかえってもらった。
 冷蔵庫はただでもらったが捨てるときには、費用がかかる時代になっていた。二つ目の冷蔵庫は使わぬまま廃棄の費用だけかかった。
 死んだとき残ったものを人にやってはいけないと思う。たいてい役に立たない。今の日本人は役に立てることができない。女はとくにやりたがる。
 ゴ*鉄砲の作り手が早死にして、トラが死んで皮を残すように、作品をどっさり残したような場合は、優れた作品が安く手にはいるかもしれないというような、火事場ドロボー根性を決して起こしてはならないと思う。すべきことは、マニア馬鹿ぶりを発揮してせいぜい高く買い、その代金を遺族に香典がわりに渡すことである。ま、幹部連中がただで手に入れて、そのうち掲示板で自慢するのだろうが、自分の阿呆をネット発信するようなものだ。(人前でマシンガンを発射するような。)作り手の霊(というものがあるとすれば)は家族のことを心配しているだろう。一家の大黒柱をうしなった家族にとって、悲しみが薄らいだあとにくるものは何か、ちょっと考えたらわかる。

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